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「癒着を剥がす」「筋膜を壊す」という表現と医師法——施術者が知っておきたい法的な境界線

「癒着を剥がす」「筋膜を壊す」という表現と医師法——施術者が知っておきたい法的な境界線
安全管理

「癒着を剥がします」「硬くなった筋膜を壊して可動域を改善します」。

施術業界でしばしば見かけるこうした表現は、臨床的な妥当性とは別に、法的な観点でもリスクを伴う標榜であることが、あまり共有されていないように思います。

この記事では、医師法・あはき法・柔道整復師法といった関連法令の基本構造から、「壊す」「剥がす」という言葉が持つ法的含意までを整理してみます。法的判断の最終的な確認は専門家に委ねるべきですが、施術者・受講者・クライアントが共通理解として持っておく価値のある論点だと、私は考えています。

関連法令の基本構造

医師法第17条

医師でなければ、医業をなしてはならない。

ここでいう「医業」は、判例・行政解釈で「医行為を業として行うこと」とされています。そして「医行為」とは、

医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為

と定義されています(最高裁判決および厚生労働省通知)。

判断基準の核は「人体に危害を及ぼすおそれ」があるかどうか。ここがとても大事なポイントです。

あはき法・柔道整復師法

  • あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師は、それぞれの免許を要する(あはき法第1条)
  • 柔道整復を業とするには免許を要する。業務範囲は急性外傷の応急処置・施術に限定(柔道整復師法)

これらは「業務独占」の規定であり、無資格者が該当する行為を業として行うことを禁じています。

「癒着を剥がす」「筋膜を壊す」が問題となる二つの経路

経路1:医行為に該当するリスク

「癒着を剥がす」「組織を破断する」という表現を文字通り受け取れば、それは人体組織に物理的損傷を与える行為を意味します。これは定義上、医行為に近接する領域に入ります。

過去には、美容目的の医療類似行為で「組織を破壊する」「皮下組織に侵襲を与える」と謳ったものが、医師法違反で摘発されている例があります。厚生労働省は2017年以降、エステ・整体領域での侵襲的行為について通知を強化しており、「組織損傷を伴う行為を業として行う」と外形的に判断されれば、無資格での医行為と見なされる可能性が生じます。

経路2:広告・標榜上の問題

実際の手技内容とは別に、「癒着を剥がす」「筋膜を壊す」と広告・説明することそのものが問題になり得ます。

  • あはき法第7条、柔道整復師法第24条、医療法第6条の5などの広告規制
  • 業務範囲を超える効能効果の標榜
  • 消費者契約法・景品表示法(優良誤認)

2018年の医療広告ガイドライン改定以降、この領域は特に厳格化が進んでいます。

ここで重要なのは、実際の手技がソフトで、力学的にも組織破壊が起きていない場合でも、説明・広告で「壊す」「剥がす」と表現することは、外形的に医行為類似性を示唆するという点です。実態と説明の乖離が大きいほど、消費者契約上の問題(誇大広告、優良誤認)も発生します。

力学的にも「壊せていない」可能性が高い

法的な議論と並行して、力学的な議論も押さえておく価値があります。

Chaudhry ら(2008)のモデル計算では、徒手介入で発生し得る力では、深筋膜の機械的変形は極めて限定的とされています。つまり、「壊している」「剥がしている」と説明していても、実際にコラーゲン架橋を選択的に破断できている可能性は力学的に低いんです。

即時的な可動域改善や軟化感の多くは、

  • 神経系応答(自律神経、間質受容器、CT 線維、中枢の感作解除)
  • 基質の粘性変化(チキソトロピー、水分再分布)
  • 筋線維芽細胞の張力調節

といったメカニズムで十分に説明可能で、構造破壊を仮定する必要がありません。

つまり「壊す」という説明は、実態を正確に表していない可能性が高く、かつ法的リスクを抱えるという、二重に不利な標榜になっています。

施術者が採るべきポジショニング

筋膜の力学特性(応力緩和、クリープ、ヒステリシス、プレコンディショニング、ポロエラスティック挙動)を踏まえると、組織は「破壊して再構築する」よりも「対話して再組織化を促す」方が、その本来の応答メカニズムに沿っています。

低負荷・持続・待つアプローチは、

  • 法的リスクの観点:侵襲性が低く、医行為性を主張されにくい
  • 説明責任の観点:「再組織化」「水和」「神経系応答」など、組織損傷を含意しない語彙で説明可能
  • 効果機序の観点:構造破壊ではなく機能改善として整合的に説明できる

という三方向で防御的(defensive)な構造を持ちます。

クライアント側の視点

施術を受ける側にとっても、この論点は知っておく意味があります。

「強く押されないと効いた気がしない」という体感は、文化的・経験的な学習の結果であって、力学的妥当性を保証するものではありません。むしろ、

  • 強い圧は侵害受容を介して防御反応を誘発し得る
  • 微小外傷は炎症-修復サイクルを引き起こす
  • 長期的には組織の過敏化・防御パターンの固定化につながるリスクがある

ことを考えると、「壊す」「剥がす」という標榜を行う施術を選ぶことには、消費者として一定の慎重さが必要だと思います。

まとめ

「癒着を剥がす」「筋膜を壊す」という表現は、

  • 力学的に:そもそも実現できているか疑わしい
  • 生理学的に:別のメカニズムで説明可能であり、必要ない
  • 法的・制度的に:医行為類似性を示唆し、広告規制上のリスクを抱える

という三層で、採用しない方が無難な語彙だと言えます。

これは「優しい施術が良い」という情緒的な話ではなく、組織の応答メカニズム、説明責任、法的安全性の観点で合理的な選択です。施術者にとっても、クライアントにとっても、共通の理解として持っておく価値があると、私は考えています。


※本記事は一般的な法令の枠組みと過去の行政解釈・判例から読み取れる範囲をまとめたものであり、個別事案の法的判断ではありません。具体的な広告表現・施術内容の合法性判断については、都道府県の医務課、医療広告に詳しい弁護士、業界団体の法務窓口にご確認ください。

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