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アナトミートレインを誠実に語る——エビデンスと、創始者トム・マイヤース自身の言葉

アナトミートレインを誠実に語る——エビデンスと、創始者トム・マイヤース自身の言葉
理論・原理

「ラインは本当に存在するのか」と聞かれたとき

セラピスト同士で話していると、ときどきこの質問が出ます。「アナトミートレインって、結局のところエビデンスはあるんですか?」。あるいは逆に、「あれは古い概念ですよね、もう使わないほうがいいんでしょうか?」。

どちらの問いも、私には少しもったいなく感じます。なぜなら、アナトミートレインは「事実か、誤りか」という二択で扱える対象ではないからです。創始者のトム・マイヤース自身が、それを「メタファーであり、一つの地図であり、システムの考え方であって対象の記述ではない」と明言しています。にもかかわらず、現場では「ラインは確定した解剖学的事実」として語られたり、逆に「エビデンスがないから無意味」と切り捨てられたりする。どちらも、創始者の意図からは外れている気がするんです。

ここ十年で、Wilkeらの系統的レビューを中心に筋膜連続性のエビデンスが整理されてきました。同時に、トム本人もブログや寄稿でアナトミートレインの位置づけを繰り返し語っています。この二つを併せ読むと、アナトミートレインを誠実に扱うための輪郭が見えてきます。今回はその整理を書いてみます。

各ラインのエビデンス——強いもの、弱いもの、不支持のもの

評価の前提

まず大切なのは、解剖学的連続性と機能的力伝達は別の階層の話だということです。屍体解剖で組織がつながっていることが確認されても、生体内で実際に力が伝わっているかは別途検証が必要です。

中核となるのは、Wilkeらの一連の系統的レビューです。

  • Wilke et al. 2016a:62件の屍体解剖研究を統合した PRISMA 準拠の系統的レビュー。各ラインの「移行部(transition)」が複数の独立した研究で確認されたかで評価される
  • Krause/Wilke et al. 2016b:屍体での力伝達(in vitro)に関する系統的レビュー
  • Wilke et al. 2023:生体での超音波研究。SBL の力伝達を膝関節角度依存で実証
  • Colonna et al. 2026:後部スパイラル鎖の in vivo 研究
  • JBMT 2025レビュー:筋膜連続性の解剖学的・機能的エビデンスの最新統合

これらをまとめると、ラインごとに「強い支持・中等度・弱い〜部分的・不支持」と評価が分かれます。

各ライン エビデンス早見表

ライン

解剖学的連続性

力伝達(in vivo)

主な根拠

Superficial Back Line (SBL)|浅後線

◎ 強い支持

○ 中〜強

3移行部すべて確認(14研究)+ Wilke 2023 超音波

Back Functional Line (BFL)|後機能線

◎ 強い支持

○ 中

3移行部すべて確認(8研究)+ Colonna 2026

Front Functional Line (FFL)|前機能線

◎ 強い支持

△ 限定的

2移行部とも確認(6研究)。力伝達は1研究のみで限定的

Spiral Line (SPL)|螺旋線

○ 中〜強(部分的)

○ 中(後部)

9移行部中5つを確認(21研究)。後部スパイラルが特に強い

Lateral Line (LL)|外側線

△ 部分的

× データ不足

5移行部中2つのみ確認(10研究)

Deep Front Line (DFL)|深前線

△ 弱〜中

× 検証少

構造が複雑で多層的。系統的検証が困難

Superficial Front Line (SFL)|浅前線

× 不支持

× データなし

7研究で連続性のエビデンスなし。要再評価

Arm Lines(4本)|上肢ライン

— 未評価

— 未評価

Wilke 2016a の対象外

主要ラインを少し詳しく

SBL(浅後線) は最もエビデンスが厚いラインです。3つの移行部すべてが14件の独立した屍体研究で確認されており、加えて Wilke 2023 が生体超音波で膝関節角度に依存した下腿〜大腿後面の組織変位を実証しています。屍体ではなく生体で力伝達が確認されたのは大きなマイルストーンです。「足底へのアプローチがハムストリングや腰部の柔軟性に遠隔効果を持つ」という臨床現象を語る根拠として、現時点で最も堅実です。

BFL(後機能線) も解剖学的には強く支持されています。広背筋〜胸腰筋膜〜対側大殿筋〜外側広筋という斜走連結は、Vleeming や Willard の胸腰筋膜研究が中核を担ってきました。さらに Colonna 2026 が in vivo で、広背筋への筋エネルギー法によって対側胸腰筋膜・殿部の組織挙動と体幹回旋 ROM が変化することを実証しています。歩行・走行時のクロスパターンや投球動作の運動連鎖を説明するモデルとして、強い根拠を持つラインです。

SPL(螺旋線)後部 は、BFL と重複する領域(広背筋〜TLF〜殿筋〜IT 路)が強く支持されます。一方、前部スパイラル(前鋸筋〜腹斜筋系)は研究によって結果が分かれます。「ライン全体としての螺旋」を語るより、後部スパイラルとして部分的に語る方が科学的に堅実です。

DFL(深前線) は構造が多層的すぎて、Wilke 2016a では独立評価が困難と判断され、明確な格付けがされていません。ただし、横隔膜〜腸腰筋〜骨盤底のような個別の連結は、機能解剖学的に複数の研究で支持されています。「DFL が一本のラインとして力を伝える」と主張するのは現時点では難しい。けれど、呼吸〜姿勢〜骨盤底の機能的連関は別系統の研究で支持されており、DFL は「臨床的に有用な仮説」として扱うのが誠実だと、私は考えています。

SFL(浅前線) は、現時点で連続性のエビデンスが得られていません。7研究を検討した結果、提案された3つの移行部いずれにも筋膜連続性のエビデンスが得られず、特に大腿直筋〜腹直筋の連続性は恥骨で機能的に分断されると見る研究が多い。これは正直に「アナトミートレインのオリジナル提案が現在のエビデンスでは支持されない」と伝えるべき領域です。ただし、前面の機能的連動(足趾伸展〜股関節屈曲〜体幹屈曲)自体は神経筋制御として実在するので、「筋膜連続性」ではなく「運動連鎖」として再フレーミングする方が筋が通ります。

エビデンス整理のまとめ

ラインのエビデンス強弱を表にして並べると、けっこう露骨に差があります。SBL や BFL のように複数の独立研究で繰り返し確認されているものもあれば、SFL のように現時点で支持されていないものもある。これを「アナトミートレインは全体としてエビデンスがある/ない」と一括りにするのは、科学的にも臨床的にも雑です。

トム・マイヤース自身の言葉

ここから先は、エビデンスの整理を離れて、創始者本人がアナトミートレインをどう位置づけているか、一次ソースから引用していきます。意外と知られていないんですが、トム自身が「ラインは確定した事実ではない」とかなりはっきり語っているんです。

「いくつかのメタファーと、一つの地図」

"My chapter on Myofascial Meridians outlines several metaphors helpful to a holistic approach to structural and movement therapies, and then describes one map of larger functioning continuities within the musculoskeletal system."

私の筋膜メリディアンの章は、構造的・運動的セラピーへのホリスティックなアプローチに役立つ「いくつかのメタファー」を概説し、そして筋骨格系における大きな機能的連続性の「一つの地図」を描いている。

(出典:Tom Myers, Erik Dalton への寄稿章)

メタファーであり、一つの地図である——この言い方自体が、トムのスタンスを物語っています。地図は地形そのものではない。役に立つ表現の一つにすぎない、ということです。

「機械としての身体は有用な比喩だが全体ではない」

"Humans are not assembled out of parts like a car or a computer. 'Body as machine' is a useful metaphor, but like any poetic trope, it does not tell the whole story."

人間は車やコンピュータのように部品から組み立てられているのではない。「機械としての身体」は有用なメタファーだが、どんな詩的比喩もそうであるように、それは全体を語るわけではない。

(出典:Tom Myers / Anatomy Trains 書籍)

「筋膜の考え方はシステムの考え方であり、対象の記述ではない」

"In so many ways, the fascial idea is a 'systems' idea, not an object description."

多くの意味で、筋膜という考え方は「システム」の考え方であって、対象(物体)の記述ではない。

(出典:Anatomy Trains 公式サイト・Interstitium 関連コメント)

ここはとても重要なところです。アナトミートレインを「解剖学的にここからここまで筋膜がつながっている」という対象の記述として読んでしまうと、Wilke のレビューに対して防戦一方になります。けれどトム自身は最初から「これはシステムの考え方だ」と言っている。ラインは事実の地図ではなく、システムを見るためのレンズとして提案されているんです。

Wilke レビューへの応答——「最初の試みですべて正しく当てたとは思っていない」

トムは Wilke の系統的レビューに対しても、公式ブログで応答を残しています。

"Certain of the connections within the lines I have charted will likely be modified by the next iteration of this concept, or by researchers like Jan Wilke. While I am gratified with the 'play' that Anatomy Trains has received, I have little doubt that I did not get it all right on this first outing. But I stand by the coherence of the manner in which they were derived."

私が描いてきたラインの中の特定の連結は、この概念の次の版や、Jan Wilke のような研究者によって、おそらく修正されるだろう。アナトミートレインが受け取られてきた反響には感謝しているが、最初の試みですべて正しく当てたとは思っていない。ただし、ラインが導き出された方法論の一貫性については擁護する。

(出典:Tom Myers, 'Anatomy Trains, Fact or Fiction? Tom Myers Responds', 2018年11月12日, Anatomy Trains 公式ブログ)

自分の最初の地図がすべて正しいとは思っていない、と創始者本人が明言している。これは、エビデンスの強弱で評価が分かれる現状を、創始者自身が肯定していることを意味します。

さらに、横方向の力伝達についても明言があります。

"Anyone who has followed Jaap van der Wal or Peter Huijing and his group must be impressed with the ability of fascia to distribute forces sideways."

Jaap van der Wal や Peter Huijing らのグループの研究を追ってきた者なら、筋膜が「横方向に」——縦方向の筋膜メリディアンに沿ってではなく——力を分配する能力に感銘を受けるはずである。

(出典:同上)

縦に走るラインだけが力伝達のすべてではない、と創始者自身が言っている。臨床で「ライン全体が一本のコードのように力を伝える」と語ると、実は創始者の認識より単純化されているわけです。

Spatial Medicine(空間医療)——トムが目指している先

晩年のトムが繰り返し語っているのが「Spatial Medicine(空間医療)」というコンセプトです。

"We tend to think of 'medicine' as a monolith, but of course there are different kinds. If we think of the irreducibles of Space, Time, and Matter – matter unfolds in space over time – there's a medicine for each."

私たちは「医学」を一枚岩として考えがちだが、もちろん異なる種類がある。「空間・時間・物質」という還元不可能な要素を考えるなら——物質は空間の中で時間をかけて展開していく——それぞれに対応する医学がある。

(出典:Tom Myers, 'Spatial medicine – a call to arms with updated commentary', 2021年3月15日, Anatomy Trains 公式ブログ)

トムが定義する三つの医学は次のとおりです。

  • 物質の医学(Material Medicine):薬・サプリ・注射で体の化学物質を変える、現代医療の主流
  • 時間の医学(Medicine of Time):心理学・精神科。過去や未来から「いま」へ
  • 空間の医学(Spatial Medicine):身体が空間の中でどう展開し、動き、形を成すか

そして空間医療の目標として、トムは「KQ(Kinesthetic Quotient、身体知性)」の向上を挙げています。

"The overall aim is to improve our 'KQ' – our Kinesthetic Quotient, or physical intelligence."

全体的な目標は、私たちの「KQ」——キネステティック・クオシエント、すなわち身体知性——を高めることである。

(出典:Anatomy Trains 公式サイト About Us ページ)

つまり、トムにとってアナトミートレインは目的ではなく手段なんです。ラインを覚えること自体がゴールではなく、空間の中で動く身体を扱うための一つの言語として提案されている。

治療観——「機能不全から離れた位置での治療の根拠」

"Anatomy Trains provides a traceable basis for effective treatment at some distance from the site of dysfunction or pain."

アナトミートレインは、機能不全や痛みの部位から「離れた位置」での効果的な治療に対して、追跡可能な根拠を提供する。

(出典:Tom Myers, Erik Dalton への寄稿章)

これは臨床的に最も実用的な視点です。痛みの局所にだけ介入するのではなく、連結された遠隔部位を含めて評価・介入する——この発想を支える「地図」としてアナトミートレインは機能している、ということです。

全体のまとめ——エビデンスと創始者の言葉を併せ読むと

エビデンスの整理と、トム本人の言葉を並べると、いくつかの統合視点が見えてきます。

創始者本人が「アナトミートレインはメタファーであり、一つの地図であり、システムの考え方であって対象の記述ではない」と明言している。この前提に立てば、先にみたエビデンス強弱(SBL 強・SFL 不支持など)は、創始者の世界観と矛盾しません。むしろ、ラインを「確定的事実」として扱う方が、創始者の意図から外れていきます。

トム自身が「最初の試みですべて正しく当てたとは思っていない」「縦方向だけでなく横方向の力伝達もある」と認めている。だから Wilke のレビューでラインの一部が支持されないと判明したことは、創始者にとっても織り込み済みの展開です。エビデンスの更新は、アナトミートレインの否定ではなく、創始者が望んでいた「次の版」への移行プロセスなんです。

トムが目指しているのは KQ(身体知性)の向上であり、その射程は「空間医療(Spatial Medicine)」という第三の医学領域全体に及ぶ。ラインそのものではなく、空間の中で生きる身体を扱う言語として、アナトミートレインは位置づけられています。

私が臨床とセミナーでアナトミートレインを参照するときは、この前提を共有するようにしています。「SBL は強い、SFL は不支持」というエビデンス強弱を正直に伝えながら、「それでも筋膜連続性は遠隔効果や補償パターンを語る上で有用な地図だ」と伝える。Why(なぜ筋膜連続性に着目するか)はエビデンスで語れる。How(具体的な手技)はエビデンスと臨床経験の積み上げで議論する。この線引きが、誠実なアナトミートレインの扱い方だと、私は考えています。

参考文献

系統的レビュー(中核)

  • Wilke J, Krause F, Vogt L, Banzer W. (2016a). What is evidence-based about myofascial chains: A systematic review. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 97(3), 454-461.
  • Krause F, Wilke J, Vogt L, Banzer W. (2016b). Intermuscular force transmission along myofascial chains: a systematic review. Journal of Anatomy, 228(6), 910-918.

in vivo 研究

  • Wilke J et al. (2023). Ultrasound evidence of knee-angle dependent force transmission along the Superficial Back Line.
  • Colonna S, Maietti G, Cuoghi F. (2026). In Vivo Evidence of Myofascial Force Transmission Along the Posterior Spiral Chain. Cureus. DOI: 10.7759/cureus.100760.

最新統合レビュー

  • Myofascial continuity: Review of anatomical and functional evidence. (2025). Journal of Bodywork and Movement Therapies.
  • Noten K, van Amstel R. (2024). The ArthroMyoFascial complex.

基礎研究/関連

  • Huijing PA. Epimuscular myofascial force transmission(複数論文, 2003–2011)
  • Vleeming A, Willard FH et al. Thoracolumbar fascia studies
  • Stecco C, Schleip R. Fascial anatomy and function(複数著作)
  • Myers TW. (2014/2020). Anatomy Trains: Myofascial Meridians for Manual and Movement Therapists (3rd / 4th ed.). Elsevier.

トム・マイヤース 公式ブログ・記事

  • Tom Myers, 'Anatomy Trains, Fact or Fiction? Tom Myers Responds' (2018年11月12日, Anatomy Trains 公式ブログ)
  • Tom Myers, 'Spatial medicine – a call to arms with updated commentary from Tom Myers' (2021年3月15日)
  • Tom Myers, 'Spatial Medicine – Origins' (2016年11月15日)
  • Anatomy Trains 'About Us' ページ(Whole-Body Fascial and Myofascial Linkage)
  • Tom Myers, Erik Dalton 編教材への寄稿章 'Anatomy Trains Myofascial Meridians'
  • Tom Myers, 'Spatial medicine – a call to arms', Journal of Bodywork and Movement Therapies (2014)

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