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2026/3/18
多裂筋と椎間関節は、筋膜を介して一つの張力系を構成しています。腰痛の臨床において「多裂筋の機能不全」と「椎間関節の問題」はそれぞれ頻繁に指摘されますが、この二つを独立した問題として扱ってしまうと、腰痛の悪循環の本質を見逃す可能性があります。
私が臨床でよく出会うのは、多裂筋のトレーニングを一生懸命やっているのになかなか腰痛が改善しないという方です。あるいは、椎間関節のモビライゼーションで一時的に良くなるけれど、すぐ戻ってしまう。こうしたケースの背景には、多裂筋と椎間関節を「一つの系」として捉えられていないことが関係しているのではないかと考えています。
まず解剖学的な事実を確認しましょう。多裂筋の深層線維は、椎間関節の関節包に直接付着しています。Macintosh & Bogduk(1986)の詳細な解剖学的研究が示したように、多裂筋の各束は特定の椎間関節の関節包と明確な連結を持っています。
これは何を意味するか。多裂筋が収縮すると、その力は関節包にも伝わり、関節包を緊張させます。つまり、多裂筋の収縮は単に椎体を安定させるだけでなく、関節包の緊張を通じて椎間関節の安定化にも直接寄与しているんです。マイオファッシャルユニット(MFU)とはの記事でも触れたマイオファッシャルユニットの概念がここにも当てはまります。多裂筋と関節包は独立した構造ではなく、一つの筋-包膜ユニット(musculo-capsular unit)として機能しています。
この連続性を、たとえるなら「テントのロープと布」の関係でしょうか。ロープ(多裂筋)の張力が布(関節包)の形状と安定性を維持している。ロープが緩めば布もたるむ——両者は切り離せない関係にあります。
この張力系の理解が特に重要になるのが、腰痛の悪循環を読み解くときです。
Hodges & Richardson(1996)やFreeman(1967)の研究が明らかにしたように、関節に炎症や損傷が生じると、脊髄反射(arthrokinetic reflex)を介して深層安定化筋の抑制が起きます。椎間関節に問題が生じると、同じ分節の多裂筋が反射的に抑制される——これは意志の力ではコントロールできない反射的な現象です。
Hides et al.(1994)は、急性腰痛患者で問題のある分節の多裂筋が選択的に萎縮することをMRIで示しました。しかも、この萎縮は痛みが消失した後も自然には回復しないことが報告されています。
この知見を張力系の文脈に置くと、以下のような悪循環が見えてきます。
椎間関節の炎症や変性がまず起きる。すると脊髄反射によって同分節の多裂筋が抑制される。多裂筋が機能しなくなると、関節包への適切な緊張が失われる。関節包の緊張が低下すると、椎間関節の安定性がさらに低下する。安定性が低下した関節を守るために、表層の脊柱起立筋が代償的に過緊張を起こす。表層筋の過緊張は筋膜の層間滑走を低下させる。層間滑走の低下は局所の循環環境を悪化させる。そして循環環境の悪化がさらに炎症を遷延させ、最初に戻る。
私が臨床で印象的だったのは、慢性腰痛で脊柱起立筋がガチガチに硬い40代男性のケースです。「体幹トレーニングをしている」のに改善しないと訴えていました。表層の脊柱起立筋はしっかり働いている。しかし、触診で多裂筋の収縮を確認すると、問題のあるL4-5分節だけ明らかに収縮が乏しかった。表層が代償して「頑張っている」が故に、深層の問題が隠れていたわけです。
ヒアルロン酸と筋膜の滑走性の記事で解説したヒアルロン酸(HA)の滑走機能を思い出してください。この悪循環の「基盤」として、層間のHA凝集が深く関与している可能性があります。
Stecco et al.(2013)が示したように、HAは適切な状態では筋膜層間の潤滑剤として機能しますが、温度上昇や運動不足、持続的な圧迫などの条件下で凝集(粘度の上昇)を起こします。
多裂筋と椎間関節の間、多裂筋の各層の間、脊柱起立筋と多裂筋の間——これらの層間でHAの凝集が進むと、筋の効率的な収縮が物理的に妨げられます。いわば「潤滑油が固まった状態」で筋を動かそうとしているようなもの。筋膜と循環の記事で述べた「循環は環境」の視点がここでも重要になります。HAの凝集は循環環境の悪化と密接に関連しているからです。
このように見ると、腰痛の悪循環は「反射」と「基質」の二つのレベルで成立しており、どちらか一方だけへのアプローチでは不十分であることが理解できます。
この張力系と悪循環の理解に立てば、従来のアプローチの限界が見えてきます。
「多裂筋のトレーニング」だけでは不十分な理由——それは、関節包との連続性において関節側の問題が残っていれば脊髄反射による抑制が解除されないからです。トレーニングで意識的に多裂筋を収縮させようとしても、反射的な抑制が優位であれば効果は限定的です。
同様に、「椎間関節のモビライゼーション」だけでも不十分です。関節の可動性が改善しても、多裂筋の萎縮やHA凝集による層間滑走の低下が残っていれば、関節は再び不安定な状態に戻ります。
姿勢はストレス分配の表現の記事で述べたストレス分配の観点から言えば、多裂筋-関節包ユニットは腰椎のストレス分配システムの中核です。このユニット全体の機能回復が、ストレスの適切な分配につながります。
筋膜の視点——基質(HA)・線維(コラーゲン)・緊張(張力系)・循環(環境)——を持つことで、悪循環のどこに介入すべきかが見えてきます。
評価→介入→再評価の記事で述べた「評価→介入→再評価」のサイクルがここでも重要です。多裂筋と椎間関節を一つの系として評価し、層間滑走の状態を確認し、介入後に張力系全体の変化を再評価する。この繰り返しが、悪循環を断ち切る糸口になります。
筋膜リリースで感じる「硬さ」には種類がある①-17の筋膜の硬さシリーズで解説したように、「硬さ」にも種類があります。多裂筋周囲の硬さが筋トーンの問題なのか、基質レベルのdensificationなのかによって、アプローチの方向性が変わります。
腰痛を「多裂筋の問題か、椎間関節の問題か」という二択で捉えるのではなく、両者を含む張力系全体として読むこと。そして、その張力系の環境(基質・循環・滑走)を整えるという視点。これが筋膜的な腰痛の理解です。
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