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膝窩部(膝の裏)の疼痛について、内側と外側で異なるメカニズムが関与していることをご存じでしょうか。「膝の裏が痛い」と訴えるクライアントに対して、「ハムストリングスが硬いんでしょう」で片付けてしまう場面は珍しくありません。もちろんハムストリングスの問題であるケースもありますが、膝窩部の疼痛にはもっと精密な鑑別が可能です。
臨床で印象に残っているケースがあります。60代の男性で、ゴルフのラウンド後に膝の裏が痛むという訴えでした。「ハムストリングスのストレッチをしているのに良くならない」と。痛みの部位を詳しく確認すると、膝窩部の内側に限局していました。半膜様筋の付着部付近を評価すると、著明な圧痛と筋膜の滑走性低下があった。膝窩部痛を「内側」と「外側」に分けて鑑別する視点を持っていたからこそ、適切な評価にたどり着けた例です。
内側膝窩部の痛みに関与しやすいのが半膜様筋(semimembranosus)です。半膜様筋は3つのハムストリングスの中で最も深層に位置し、膝屈曲時に内側半月板を後方に引く重要な役割を持っています。
Vedi et al.(1999)のMRI研究などが明らかにしたように、膝屈曲が進むにつれて内側半月板の後角が後方に偏位(posterior excursion)する必要があります。このlift offが不足すると、大腿骨内側顆と脛骨の間で半月板が挟み込まれるリスクが高まります。
このメカニズムを理解すると、「内側膝窩部痛」の読み方が変わります。半膜様筋の機能不全(筋力低下や周囲の筋膜の癒着)→内側半月板のlift off不足→半月板への機械的ストレス→内側膝窩部痛、という連鎖が見えてくる。『評価→介入→再評価』の原則に従って、半膜様筋周囲の筋膜の状態を評価し、変化を確認していくプロセスが有効です。
『筋間中隔とは?表層と深部をつなぐ「橋」が臨床を変える』の記事で解説した「筋間の滑走性」がここでも重要で、半膜様筋と半腱様筋の間、半膜様筋と腓腹筋内側頭の間の滑走が保たれているかどうかが、半膜様筋の機能を左右します。
外側膝窩部の痛みに関与するのが膝窩筋(popliteus)です。膝窩筋は「膝のアンロック」——伸展位からの初動で脛骨を内旋させる筋——として知られていますが、もう一つ重要な役割があります。それは、大腿骨外側顆の後方移動(ロールバック)を制御する役割です。
『膝蓋下脂肪体(IFP)の除圧機構と膝深屈曲』の記事でもロールバックに触れましたが、深屈曲では大腿骨が脛骨上を後方にロールバックします。ここで重要なのは、外側顆のロールバック量は内側よりも大きいということです。Freeman & Pinskerova(2005)の研究によれば、外側顆は内側顆の約2倍のロールバックを行います。
膝窩筋はこの外側の大きなロールバックを「制御」する筋です。膝窩筋の機能不全によりロールバックの制御が乱れると、外側の構造に過負荷がかかり、膝窩部外側の痛みにつながります。また、膝窩筋の周囲には膝窩動脈が走行しているため、この領域の筋膜の状態は『筋膜と循環』の視点からも重要です。
膝窩部外側痛のもう一つの重要な病態が、後外側回旋不安定性(PLRI:posterolateral rotatory instability)です。これは後外側支持機構(PLS)——膝窩筋腱・弓状膝窩靭帯・ファベラ腓骨靭帯を中心とする——の緩みにより、脛骨頭の後方不安定性が生じる状態です。
臨床的に重要なのは、PLRIが歩行や走行中の膝窩部痛として現れる典型的なパターンです。連鎖を追うと次のようになります。
膝関節90°屈曲位で下腿を外旋させた際の膝窩部外側の抵抗感・疼痛、そしてposterolateral drawer test、reverse pivot shift test、reverse jerkテストが鑑別の手がかりになります。PLRIが確認された場合、膝窩筋の代償的過緊張を筋膜の固定化パターンとして評価することで、介入の方向が定まります。
内側・外側の鑑別を考えるうえで、半月板の動態の違いを理解しておくことが重要です。
内側半月板は比較的固定されています。関節包や内側側副靱帯(MCL)に強固に付着しており、可動性は限られている。だからこそ、後角のlift offが不足すると「逃げ場がない」——挟み込まれるリスクが高い。
一方、外側半月板は内側よりも可動性が高い。関節包との結合が緩く、膝窩筋腱の溝(popliteal hiatus)で関節包と連続していないため、ロールバックに追従して大きく動くことができます。Thompson ら(1991)はこの外側半月板の可動性を「meniscal excursion(半月板の偏位量)」として定量化し、外側は内側の約2倍の偏位量があることを示しました。
この「内側=固定的」「外側=可動的」という対比が、膝窩部痛の内外差のメカニズムの根底にあります。
近年のカダバー研究(34肢)により、膝窩部の筋膜は3層のレティナキュラム構造をもつことが明らかになっています。そして各層には豊富な神経終末が分布しており、膝窩部の固有受容感覚入力に重要な役割を果たしていると考えられています。
この多層構造の層間滑走が低下すると、膝窩部の張力集中だけでなく、固有受容感覚の質的低下を介した運動制御の障害にもつながる可能性があります。「膝の裏の違和感」が必ずしも明確な圧痛を伴わないケースの背景に、この感覚入力の撹乱が関与しているのかもしれません。
もうひとつ興味深いのが、膝窩部で生じている筋膜を介した力伝達のスイッチングです。
Wilke et al.(2023)は、超音波を用いたin vivo研究により、腓腹筋からハムストリングスへの筋膜を介した力伝達(myofascial force transmission)を実証しました。ポイントは、この力伝達が膝関節の角度に依存することです。
この所見は、膝窩部の筋膜が単なる被覆組織ではなく、膝関節の角度に依存して力伝達の「スイッチ」として機能していることを示唆します。臨床的には、膝窩部後方経路の層間滑走低下がこの角度依存性の力伝達機構を阻害し、伸展制限や膝窩部痛の一因となりうる。「伸展位で痛む」「屈曲していると楽」という訴えのパターンが、このスイッチング障害として読めることがあります。
膝窩部からはやや離れますが、膝内側の痛みの鑑別として知っておきたい病態があります。半膜様筋の問題と混同されやすいので、あわせて整理しておきましょう。
内転筋管(Hunter管)は大腿遠位内側にあり、大内転筋の腱性部・内転筋腱裂孔・広筋内転筋腱板で構成されています。この管内を大腿動脈・静脈・伏在神経が通過しており、前方は縫工筋に覆われているため縫工筋下管とも呼ばれます。ここで生じる伏在神経の絞扼性神経障害がHunter管症候群で、膝関節内側から下腿内側にかけての疼痛・知覚障害、同部への圧迫による放散痛を呈します。
明確な所見を認めない膝内側〜下腿内側の疼痛例では、この絞扼を念頭に置く必要があります。TKAでmid-vastus法が用いられた場合、VMOを侵襲するため術後の伏在神経障害発生リスクが上がる点も押さえておきたい事実です。
もう一つが閉鎖神経です。閉鎖神経は68.5%の確率で外閉鎖筋を貫き、筋膜を貫通して大腿部を下降。末端は内転筋腱裂孔を通過して膝窩に入り、膝関節包・十字靭帯・滑膜および膝関節内側を支配する感覚枝となります。
この走行から、閉鎖神経は閉鎖管内、筋膜、外閉鎖筋により絞扼される可能性が指摘されており、大腿内側の感覚障害や鼠径部痛のほか、膝内側部痛を生じることがあります。閉鎖孔部(外閉鎖筋)の圧痛や外閉鎖筋緊張時の再現痛が鑑別の手がかりです。
半月板の可動性を規定しているのは、半月板自体の性質だけではありません。半月板に付着する靱帯(半月板大腿靱帯、横靱帯など)、筋腱(半膜様筋、膝窩筋)、そしてそれらを包む筋膜の状態が、半月板の「動きやすさ」を左右しています。
『ヒアルロン酸と筋膜の滑走性』と滑走の記事で解説した層間滑走の概念が、ここでも当てはまります。半月板周囲の組織間にヒアルロン酸を含む薄い液体の層があり、これが適切な滑走を可能にしている。この滑走環境が低下すると、半月板の動態が制限され、結果として膝窩部痛のリスクが上がる。
筋膜の硬さシリーズで述べた「硬さの原因の鑑別」——筋のスパズムなのか、筋膜のdensificationなのか、関節包の拘縮なのか——を膝窩部にも適用することで、評価の精度が上がります。
「膝裏が痛い」を一括りにせず、内側か外側かを確認し、それぞれのメカニズムに沿って評価する。この一手間が鑑別の精度を大きく上げてくれます。
「側面から始める」の記事で述べた評価の考え方——「正面だけでなく側面からも読む」——が膝窩部にも適用できます。前方から見た膝の問題だけでなく、後方から、そして内側・外側に分けて後方を読む。この三次元的な評価が、膝の臨床をより精密にしてくれるはずです。
6つの経路の記事で紹介した「経路6:深屈曲時の後方構造」をさらに掘り下げるものとして、今回の内側・外側の鑑別を活用していただければと思います。
膝窩部の鑑別操作と介入をセミナーで学べます。興味のある方はぜひ。