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足根管やMorton病における神経絞扼、そしてKager's fat padの動態異常——足部の疼痛には「足底筋膜炎」以外にも重要な鑑別があります。足部の痛みを訴えるクライアントに対して、「足底筋膜炎ですね」と一括りにしてしまう場面は臨床で珍しくありません。もちろん足底筋膜に問題があるケースも多いのですが、神経絞扼や脂肪体の動態異常が疼痛の真の原因であることも少なくない。
私が以前担当した50代のランナーの方は、足底の痛みで複数の施設を回ったあとに来院されました。どこでも「足底筋膜炎」と言われ、ストレッチとインソールを指導されたそうです。しかし半年経っても改善しない。詳しく評価してみると、足根管周囲のdensification(筋膜の密度上昇)が著明で、脛骨神経の滑走が制限されていました。足底筋膜炎ではなく、足根管症候群だったのです。
足根管(tarsal tunnel)は、内果の後下方にあるトンネル状の構造です。屈筋支帯を天井として形成されるこの管の中には、以下の構造が通過しています。
ここで重要なのは「構造の密集」です。『筋間中隔とは?表層と深部をつなぐ「橋」が臨床を変える』の記事でも触れたように、複数の構造が密集して通過する部位は、周囲のdensificationによって最も影響を受けやすい。足根管はまさにそうした「ボトルネック」の典型です。
神経血管束の部分は薄い膜で覆われているため、直接の圧迫よりも足根管形態の変化や周辺組織の浮腫による区画内圧上昇が症状を生みやすい——ここが臨床的に押さえておきたい点です。つまり「神経そのものを圧迫する塊」を探すのではなく、区画全体の圧環境を読む視点が必要になります。
もう一つ重要なのが、下腿筋膜の拘縮や足部の回内運動が屈筋支帯の緊張を高め、脛骨神経への牽引ストレスとなるという連鎖です。足根管の問題は、足根管だけを見ていても解決しないことがある。後方筋区画全体の滑走性と連続して評価する視点が、介入の成否を分けます。
脛骨神経が絞扼されると、足底の痛み、しびれ、灼熱感といった症状が出現します。特に長時間の立位や歩行後に症状が増悪するパターンが特徴的で、足底筋膜炎との鑑別が臨床上重要になります。
鑑別の補助として、足根管部のTinel徴候(打診で足底に放散する痺れ)や、dorsiflexion-eversionテスト(足関節最大背屈・足部回内・足趾最大伸展位を5〜10秒保持)が用いられます。これらのテストは神経への牽引ストレスをかけて症状を誘発する構造的ロジックに基づいており、陽性であれば足根管レベルでの神経絞扼・滑走制限を疑う手がかりになります。
解剖学的研究により、屈筋支帯の線維化や肥厚が脛骨神経の絞扼に直接関与することが報告されています(Havel et al., 1988; Daniels et al., 2005)。
Morton病(Morton神経腫)は、第3-4中足骨間(ときに第2-3間)の総底側趾神経が圧迫・刺激されて生じる疼痛です。前足部の荷重時に電撃様の痛みが走るのが典型的な訴えです。
「神経腫」と呼ばれてきましたが、実際には真の腫瘍ではありません。Latinovic ら(2006)の研究でも示されているように、本態は神経周囲の線維化と浮腫です。つまり、神経自体の問題というよりも、神経を取り巻く環境——中足骨間の筋膜、深横中足靱帯、滑液包——の問題なのです。
Morton病の背景には、横アーチ低下→中足骨頭間の拡大とトンネル内狭小化→総底側趾神経の圧迫・牽引という連鎖があります。これを筋膜ネットワークの視点で読むと、足部内在筋のコンパートメント内における油圧増幅機能の低下——筋収縮により生じた内圧上昇が区画壁を介して隣接構造へ適切に伝達されない状態——として捉えることもできます。
『筋膜と循環』の記事で述べたように、組織の機能はその周囲の環境に依存しています。Morton病においても、神経を「治す」のではなく、神経の「環境を整える」——中足骨間の圧環境を改善し、神経の滑走スペースを回復させる——という発想が介入の方向性を変えてくれます。
比喩的に言えば、水道管(神経)が詰まっているのではなく、水道管を囲む土壌(周囲の筋膜環境)が硬くなって水道管を圧迫している状態です。水道管を修理するのではなく、土壌を柔らかくする——それが筋膜の視点からのアプローチです。
Kager's fat pad(KFP、アキレス腱前方の脂肪体)は、アキレス腱と距骨の間に位置する脂肪組織です。「脂肪の塊」というイメージがありますが、実際には高度に機能的な構造です。
KFPは単一の塊ではなく、アキレス腱区域・長母趾屈筋区域・滑液包ウェッジ区域の3区域に分かれています。それぞれが異なる隣接構造と関係を持ち、機能的な役割も異なる。この区域分けを押さえておくと、「KFPが硬い」の意味をより細かく読めるようになります。
KFPの動態は肢位で大きく変わります。
この「肢位ごとの移動パターン」が適切に起こらないと、アキレス腱の滑走や足関節の底屈・背屈が制限されます。さらに、FHL収縮時にKFPが機能的に変形する動態もエコーで観察されており、長母趾屈筋との機能的連関も無視できません。
臨床的には、アキレス腱断裂後やアキレス腱周囲の癒着がある場合、アキレス腱区域近傍の脂肪体の移動が制限され、後踵骨滑液包の癒着による疼痛の一因となります。『膝蓋下脂肪体(IFP)の除圧機構と膝深屈曲』の記事でも解説しますが、脂肪体は関節周囲で重要な機能を担う「動的構造」。KFPも同様に、その線維化や癒着は、アキレス腱の滑走性低下、距骨後方でのインピンジメント、足関節の底屈・背屈制限につながります。『足関節の背屈制限を4つの経路で読む』の記事で触れた可動域制限の一因として、このKFPの変形能力低下も考慮に入れるべきでしょう。
足根管周辺では、絞扼されうる神経は脛骨神経本幹だけではありません。知っておきたい枝がいくつかあります。
「朝起きたときの踵の痛みは足底筋膜炎」という単純化にも、後脛骨神経内側踵枝の関与という別の可能性があることを押さえておくと、介入の方向性が変わります。
この3つの構造——足根管、Morton病の中足骨間、Kager's fat pad——に共通する重要な視点が「神経滑走」です。
神経は固定された電線ではなく、関節運動に伴って数mm〜数cm滑走する構造です。Butler(2000)の神経動力学の概念が示すように、神経の滑走が妨げられると、牽引ストレスや圧迫ストレスが加わり、神経由来の症状が出現します。
筋膜の視点では、神経の「滑走路」となる組織——支帯、筋膜、脂肪体——の状態が、神経症状の有無を左右します。『中枢感作と筋膜リリース』の記事でも触れたように、末梢の神経絞扼が持続すると中枢性の感作が生じ、痛みが慢性化・広範化することもある。だからこそ、末梢の神経環境を適切に評価し、早期に対応することが重要なのです。
足部の痛みの評価で最も重要なのは、「足底筋膜炎」という便利なラベルに安住しないことです。「評価→介入→再評価」の記事で述べたサイクルを足部にも適用する。介入して変わらないなら、評価に立ち戻る。そのとき、足根管の神経絞扼(区画内圧としての理解)、Morton病の油圧増幅機能低下、Kager's fat padの3区域の動態異常、内側踵枝・足底神経の絞扼という「別の引き出し」を持っていることが、臨床家としての鑑別力を高めてくれます。
コンパートメントの記事で解説した油圧環境の視点と合わせて、足部を「骨と腱の構造」としてだけでなく「神経の通り道」「圧環境の総体」として捉えること——それが、足部の筋膜評価を一段深いものにしてくれるはずです。
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