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2026/3/18
足根管やMorton病における神経絞扼、そしてKager's fat padの動態異常——足部の疼痛には「足底筋膜炎」以外にも重要な鑑別があります。足部の痛みを訴えるクライアントに対して、「足底筋膜炎ですね」と一括りにしてしまう場面は臨床で珍しくありません。もちろん足底筋膜に問題があるケースも多いのですが、神経絞扼や脂肪体の動態異常が疼痛の真の原因であることも少なくない。
私が以前担当した50代のランナーの方は、足底の痛みで複数の施設を回ったあとに来院されました。どこでも「足底筋膜炎」と言われ、ストレッチとインソールを指導されたそうです。しかし半年経っても改善しない。詳しく評価してみると、足根管周囲のdensification(筋膜の密度上昇)が著明で、脛骨神経の滑走が制限されていました。足底筋膜炎ではなく、足根管症候群だったのです。
足根管(tarsal tunnel)は、内果の後下方にあるトンネル状の構造です。屈筋支帯によって覆われたこのトンネルを、脛骨神経、後脛骨筋腱、長趾屈筋腱、長母趾屈筋(FHL)腱、後脛骨動静脈が通過しています。
ここで重要なのは「構造の密集」です。筋間中隔とは?表層と深部をつなぐ「橋」が臨床を変えるの筋間中隔の記事でも触れたように、複数の構造が密集して通過する部位は、周囲のdensificationによって最も影響を受けやすい。足根管はまさにそうした「ボトルネック」の典型です。
Kabbani & Goldberg(2007)は足根管の解剖学的研究で、屈筋支帯の線維化や肥厚が脛骨神経の絞扼に直接関与することを報告しています。筋膜の視点では、足根管は「複数の構造が狭い通路を共有する場所」であり、周囲の筋膜のコンプライアンス(変形しやすさ)が神経の滑走を左右するポイントです。
脛骨神経が絞扼されると、足底の痛み、しびれ、灼熱感といった症状が出現します。特に長時間の立位や歩行後に症状が増悪するパターンが特徴的で、足底筋膜炎との鑑別が臨床上重要になります。Tinel徴候(足根管部の打診で足底に放散する痺れ)は一つの指標ですが、筋膜の状態を合わせて評価することで鑑別の精度は上がります。
Morton病(Morton神経腫)は、第3-4中足骨間(ときに第2-3間)の総底側趾神経が圧迫・刺激されて生じる疼痛です。前足部の荷重時に電撃様の痛みが走るのが典型的な訴えです。
「神経腫」と呼ばれてきましたが、実際には真の腫瘍ではありません。Latinovic ら(2006)の研究でも示されているように、本態は神経周囲の線維化と浮腫です。つまり、神経自体の問題というよりも、神経を取り巻く環境——中足骨間の筋膜、深横中足靱帯、滑液包——の問題なのです。
この理解は非常に重要です。筋膜と循環の「循環は環境」の記事で述べたように、組織の機能はその周囲の環境に依存しています。Morton病においても、神経を「治す」のではなく、神経の「環境を整える」——中足骨間の圧環境を改善し、神経の滑走スペースを回復させる——という発想が介入の方向性を変えてくれます。
比喩的に言えば、水道管(神経)が詰まっているのではなく、水道管を囲む土壌(周囲の筋膜環境)が硬くなって水道管を圧迫している状態です。水道管を修理するのではなく、土壌を柔らかくする——それが筋膜の視点からのアプローチです。
Kager's fat pad(アキレス腱前方の脂肪体、pre-Achilles fat pad)は、アキレス腱と距骨の間に位置する脂肪組織です。「脂肪の塊」というイメージがありますが、実際には高度に機能的な構造です。
Gallagher ら(2005)の研究によれば、Kager's fat padは足関節の運動に伴って形を変えながら、(1)アキレス腱の滑走を助ける、(2)関節内のスペーサーとして機能する、(3)底屈時に踵骨とアキレス腱の間に入り込み除圧する——という複数の役割を担っています。つまり、受動的な「詰め物」ではなく、能動的な「動く構造」なのです。
膝蓋下脂肪体(IFP)の除圧機構と膝深屈曲の膝蓋下脂肪体の記事でも解説しますが、脂肪体は関節周囲で重要な機能を担う「動的構造」です。Kager's fat padも同様で、その線維化や癒着は、アキレス腱の滑走性低下、距骨後方でのインピンジメント、足関節の底屈・背屈制限につながります。足関節の背屈制限を4つの経路で読むの背屈制限の記事で触れた足関節の可動域制限の一因として、このKager's fat padの変形能力低下も考慮に入れるべきでしょう。
この3つの構造——足根管、Morton病の中足骨間、Kager's fat pad——に共通する重要な視点が「神経滑走」です。
神経は固定された電線ではなく、関節運動に伴って数mm〜数cm滑走する構造です。Butler(2000)の神経動力学の概念が示すように、神経の滑走が妨げられると、牽引ストレスや圧迫ストレスが加わり、神経由来の症状が出現します。
筋膜の視点では、神経の「滑走路」となる組織——支帯、筋膜、脂肪体——の状態が、神経症状の有無を左右します。中枢感作と筋膜リリースの中枢感作の記事でも触れたように、末梢の神経絞扼が持続すると中枢性の感作が生じ、痛みが慢性化・広範化することもある。だからこそ、末梢の神経環境を適切に評価し、早期に対応することが重要なのです。
足部の痛みの評価で最も重要なのは、「足底筋膜炎」という便利なラベルに安住しないことです。評価→介入→再評価の「評価→介入→再評価」の記事で述べたサイクルを足部にも適用する。介入して変わらないなら、評価に立ち戻る。そのとき、足根管の神経絞扼、Morton病の中足骨間の圧環境、Kager's fat padの動態異常という「別の引き出し」を持っていることが、臨床家としての鑑別力を高めてくれます。
足部コンパートメントと油圧増幅のコンパートメントの記事で解説した油圧環境の視点と合わせて、足部を「骨と腱の構造」としてだけでなく「神経の通り道」「圧環境の総体」として捉えること——それが、足部の筋膜評価を一段深いものにしてくれるはずです。
足部の神経と脂肪体の評価・介入をセミナーで学べます。興味のある方はぜひ。