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2026/3/18
肩のクライアントが来たとき、最初にどこに手を置きますか?痛い場所でしょうか。三角筋?僧帽筋?それとも腱板?
私の臨床では、多くの場合「腋窩(わきの下)」から始めます。初めてこの話を聞くと意外に感じるかもしれませんが、肩甲帯テンセグリティ構造の肩甲帯テンセグリティ、肩関節の3つの機構の3つの機構、Obligate Translationのobligate translationと解説してきた肩の構造的理解に基づくと、この選択には明確な理由があるのです。
腋窩は、解剖学的に見ると複数の筋膜構造が交差する「ハブ」のような場所です。高速道路のジャンクションを想像してみてください。複数の幹線道路が合流し、ひとつのジャンクションが渋滞すると広範囲の交通に影響が出る。腋窩はまさに筋膜の交通のジャンクションです。
具体的に見てみましょう。広背筋、大胸筋、前鋸筋、肩甲下筋、上腕二頭筋・三頭筋——肩に関わるほぼすべての主要構造が腋窩を通過、あるいは腋窩に接続しています。さらに、鎖骨胸筋筋膜(clavipectoral fascia)から続く腋窩筋膜が、これらの構造をひとつの連続体としてつないでいます。
Stecco ら(2009)の解剖学的研究では、腋窩筋膜が表層から深層まで複数の層を形成し、周囲の筋膜と密接に連結していることが詳細に記述されています。この解剖学的事実が、腋窩を「張力のハブ」と呼ぶ根拠です。
ここの滑走性が低下していると、屈曲でも外転でも回旋でも、どの方向への動きも制限される可能性がある。逆に言えば、ここの滑走性を改善すると、複数方向への動きに同時に変化が出ることが期待できるのです。
私が腋窩の重要性を実感したケースがあります。60代女性、凍結肩の回復期で、主に外転と外旋に制限が残っていました。腱板や関節包への局所的アプローチでは変化が限定的だったのですが、腋窩筋膜へのアプローチで複数方向の可動域に同時に変化が現れました。ハブの開放が、下流の複数経路に波及したわけです。
肩関節への介入を、以下のような6段階で概念的に整理できます。
1. 腋窩筋膜
全体のハブを開放する段階。前述のように、ここは複数構造が交差するポイントであり、ここの制限が下流すべてに影響する。筋膜アプローチはなぜ「側面」から始めるのかの「側面から始める」の原則がここでも当てはまります。腋窩は肩関節の「側面」であり、前方にも後方にもアクセスする前に通過すべきゲートです。
2. 表層の筋膜
三角筋筋膜、僧帽筋筋膜など表層の張力を整える段階。表層のテンションが高いまま深部に入ろうとしても、深部にアクセスしにくい。筋膜リリースの「動かして、待つ」の「動かして待つ」で触れた、組織が変化を受け入れる条件を整える段階でもあります。
3. 筋間構造
腱板筋間の筋膜、上腕二頭筋・三頭筋間の中隔。筋間中隔とは?表層と深部をつなぐ「橋」が臨床を変えるの筋間中隔の記事で解説した概念がここで直接活きてきます。筋間の滑走は、個々の筋が独立して機能するための前提条件です。
4. 関節包周囲
前方・後方・下方の関節包と隣接構造。Obligate Translationのobligate translationの評価結果を踏まえ、拘縮の部位に応じたアプローチを行う段階です。
5. 滑動面
肩峰下滑液包、上腕二頭筋長頭腱の滑走路。肩関節の3つの機構の第3の機構(滑動)に直接対応する段階。ヒアルロン酸と筋膜の滑走性のヒアルロン酸と滑走の知識がここで臨床に結びつきます。
6. 肩甲骨-胸郭間
肩甲骨の背面と胸郭の間の滑走。肩甲帯テンセグリティ構造のテンセグリティ構造における、肩甲骨が胸郭上を滑走する機能の回復です。
なぜこの順序なのか。骨盤帯・股関節の介入順序の骨盤帯介入順序でも同様の原則を解説しますが、基本は「広い範囲の制限から局所の制限へ」「表層から深層へ」です。
私はこれを「みかんの皮」の原則と呼んでいます。みかんの中身にアクセスするには、まず外側の皮を剥く必要がある。外側の張力環境が制限されたまま局所(関節包や滑液包)にアプローチしても、全体的な張力パターンが変わらないため効果が持続しにくいのです。
Langevin(2006)の筋膜の力学的連続性に関する研究が示しているように、局所への介入効果は周囲の張力環境に大きく依存します。ハブの滑走性を改善し、表層の張力を整えた状態で深部にアクセスするからこそ、深部の組織も変化を受け入れやすくなる。
筋膜リリースで「ゆっくり触れる」ことの神経科学の「ゆっくり触れる神経科学」で解説した組織の受容性の概念もここに関連します。広い範囲の張力環境が緩和されることで、神経系の警戒レベルも下がり、深部への介入を受け入れやすい状態が作られるのです。
ここで強調しておきたいのは、この6段階は「固定されたレシピ」ではなく「概念的な枠組み」だということです。評価→介入→再評価の記事で述べた「評価→介入→再評価」のサイクルに基づき、評価結果によっては別の段階から始めることもあります。
たとえば、Obligate Translationのobligate translationが顕著で後方関節包の拘縮が主問題と明確に判断されれば、第4段階を優先することもありえます。あるいは、肩甲骨-胸郭間の滑走障害が最も大きな制限因子であれば、第6段階から始めることもある。
大切なのは「デフォルトの参照点」を持っていること。「通常はここから始めるが、今回はこの評価結果に基づいてここを優先する」という判断ができるようになる。参照点なしの「なんとなく」から、根拠のある順序設計へ。施術前スクリーニングの方法のスクリーニングの記事で述べた系統的思考が、介入の場面でも活きてくるのです。
各段階の具体的な手技をセミナーで学べます。興味のある方はぜひ。