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臨床で、明らかに硬いのに画像所見では特に問題がない、というケースに出会うことがありますよね。特にストレスを多く抱えているクライアントに多い印象です。筋膜の硬さシリーズ最終回となる今回は、3つ目のメカニズム——「能動的収縮」に迫ります。
これまでのシリーズで、水分環境の変化(『筋膜リリースで感じる「硬さ」には種類がある①』)とファズ・線維化(『筋膜の「硬さ」には種類がある②』)について解説してきました。第3のメカニズムは、筋膜自体が積極的に収縮するという現象です。
先日来られた30代の女性管理職。肩から背部にかけて「鉄板が入っているよう」と表現される硬さがありました。整形外科では「異常なし」と言われ、ストレスの多い職場環境で症状が悪化している。MRIでもレントゲンでも説明がつかないこの硬さ——その正体を理解するカギが、筋線維芽細胞にあります。
筋膜の中には、筋線維芽細胞(myofibroblast)という細胞が存在しています。Schleip(2005)らの画期的な仮説論文は、ヒトの筋膜組織に筋線維芽細胞が存在し、能動的に収縮する可能性を提唱しました(Schleip et al., 2006のin vitro実験で確認)。
この細胞は、α-SMA(α平滑筋アクチン)という収縮タンパクを発現しており、筋のように能動的に収縮することができます。つまり、筋膜は単なる「包み」ではなく、自ら張力を発生させうる組織なんです。『バイオテンセグリティとは』の視点で見ると、この能動的な張力発生は、テンセグリティ構造の張力バランスを動的に変化させる要因となります。
これを例えるなら、テントの布がただの受動的な素材ではなく、自らきゅっと締まる機能を持っていたようなもの。テントのポールやロープの配置を変えなくても、布自体が縮めば全体の形は変わってしまう。筋膜の中で同じことが起きているわけです。
では、筋線維芽細胞が過剰に収縮するのはどんなときか。ここにストレスとの関連が見えてきます。Schleip(2012)はこのメカニズムを以下のように整理しています。
この悪循環が、「ストレスが身体を硬くする」メカニズムの一つです。先ほどの30代女性のケースは、まさにこのパターンでした。仕事のプレッシャー→交感神経亢進→筋膜の能動的収縮→「鉄板が入っている」ような硬さ→不快感とパフォーマンス低下→さらなるストレス、という悪循環に陥っていたのです。『中枢感作と筋膜リリース』の話題とも深く関連する現象です。
水分環境の変化や線維化は、いわば「受動的な硬さ」です。組織の物性が変化した結果としての硬さ。
一方、筋線維芽細胞の収縮による硬さは「能動的な硬さ」です。細胞が積極的に張力を発生させている状態。『姿勢はストレス分配の表現』の観点から見ると、この能動的な張力発生は局所のストレス集中を生み出し、隣接する構造にも影響を波及させます。
この区別は臨床的に極めて重要です。なぜなら、能動的な硬さに対して力任せにアプローチすると、かえって防御反応を引き起こし、硬さを悪化させる可能性があるからです。交感神経をさらに刺激することになりかねません。「ゆっくり触れる神経科学」で述べるCT線維の活性化が、この悪循環を断ち切る鍵になります。
このメカニズムを知ると、なぜ「強い施術」が逆効果になることがあるかが理解できます。Tozzi(2012)も指摘しているように、筋膜への介入は組織だけでなく神経系にも影響を与えます。
痛みを伴う強い刺激は交感神経を賦活し、TGF-β1の産生を促進する可能性がある。つまり、「硬いから強く押す」は、場合によっては悪循環を強化してしまうんです。これは例えるなら、怯えている動物に大きな声で「リラックスしろ!」と叫ぶようなもの。逆効果なのは明らかですよね。
先ほどの30代女性にも、以前通っていた施術院で「もっと強く」と要望し、強い施術を受けた結果、翌日さらに悪化したというエピソードがありました。これは交感神経のさらなる賦活→TGF-β1産生促進→筋線維芽細胞の収縮亢進という連鎖で説明がつきます。
特に、慢性的なストレスを抱えているクライアントに対しては、相対的禁忌やスクリーニングの視点を踏まえつつ、この点を十分に意識する必要があります。
の3回にわたって、筋膜の「硬さ」の3つのメカニズムを解説してきました。
臨床では、これら3つが重複して存在することがほとんどです。筋膜の評価や「評価→介入→再評価」のサイクルにおいて、「どのメカニズムが優位か」を判断することが、効果的な介入設計の基盤になります。
組織緊張への介入アプローチを学べるセミナーを開催しています。興味のある方はぜひ。